かにみそなまこをつまむ。

40代男子の日常、昔の思い出などについて、現在休載中

山もいいじゃないか

 小さい頃、海か山かと聞かれれば、迷わず海と答えた。山と答える人の気が知れなかった。山の何がいいのか。山登りなんて疲れるだけだし、暑いだけじゃないか。いっぽう、海は泳げるし、何より開放的な気分になれる。

 地元が山だった。一番近くの海まで2時間はかかった。いつか海の見える街に住みたいと思いながら、少年時代を過ごした。

 大人になって、結局地元を離れることはなく、相変わらず山の手で過ごしてる。でも、最近山もいいなと思えるようになってきた。かつての自分を思い出すと、すごい心境の変化だなと思う。

 去年の夏、すごく暇な休みの日に、家族で近くの山に登ろうか、という話になった。300mくらいの山。普段着のまま、散歩感覚で出かけた。

 30分くらいで頂上に着いた。とくに見晴らしもよくない。木々の隙間から、ほんの少し町が見えるくらい。でも、なぜか、すごく開放された気になった。

 真夏の、すごく暑い日だった。全身汗だくになって登ったのが気持ちよかったのだ。全身から汗が噴き出して、五感が開かれていくのが分かった。草木の色や濃い影の色。鳥のさえずり、川のせせらぎ。風がむせかえるような山の匂いを運んでくる。

 ナニコレ、めっちゃ気持ちいい!

 同じく汗だくの妻と、何度もめっちゃ気持ちいいね、と言い合った。それ以来、家族の遊びの選択肢の一つとして、小さな山に登るという項目が追加された。

 山の近くで生まれて育ったのに、ずっと山が嫌いで、遠くの海に憧れ続けてきた。地元と、まともに目を合わせることはなかった。

 40年経って、ようやく目が合った。出会った、のだ。そばにいるから、そばに在るから、出会っているとは限らない。見てるけど見てない、そんなことやものが、たくさん無意識には眠ってるのだ。

 幼馴染の女の子とずっとすれ違い続けて、大人になって、おっさんになってからようやく付き合いはじめるとか、そういうストーリーの山と私。もしかしたら幼馴染は、ずっと私のことを思い続けていたのかもしれない。最近になって、ようやく彼女の愛に気づいた。そうか、ずっとそばで見守ってくれていたんだね、と。

 

 

夏を満喫するぞー