歩き遍路の思い出⑫ サルの楽園
朝起きると、森さんはもういなかった。ゆっくり朝食を食べたあと、荷物をまとめた。杉田さんに言われたように、ポストに鍵を入れ、ロッジを後にした。
再び歩きはじめた。
1人になると、また日常が戻ってきた感じがした。旅という日常、1人という日常、ひたすら歩き続けるという日常。変な表現だ。でも、こうやって書いてみると、案外、日常とはそんなものかもしれないと思えてくる。旅のようで、結局1人で、ひたすら歩き続ける。
山の中の舗装された道路を、下っていく。車は一台も通らなかった。ところどころコケが生えていたし、折れた木々が転がっていた。あまり使われていない道路なのだろう。
杉田さんのロッジが本来のお遍路のルートから離れたところにあったので、とりあえず元の道に戻らなければならなかった。
ひたすら道を下っていたら、サルの群れがいた。100メートルほど先で、10匹ほどのサルが、道路の真ん中を陣取っていた。
少し不安だったが、とりあえず、向こうが気づくまで、そのまま歩き続けた。半分ほど近づいたところで、ようやく気づいたのか、ガードレールの向こうの森の中へと去っていった。
でも、じっと見つめられている。
森の奥や、木々の上、おもいおもいの場所に場所を移したサルたちが、いっせいにこっちを見つめている。すごい緊張感だ。なんとなく襲ってくることはなさそうだと感じていたが、怖い。かといって歩みを速めれば、弱さをさらけ出すようで、もっと怖い。なるべくペースを崩さず、自然体を装って歩き続けた。
ようやくサルの群れを通り過ぎて、次のカーブを曲がったら、また向こうにサルの群れ。あきらかにさっきとは違う群れだ。
よくよく辺りを見回してみると、あっちにも、こっちにもサルがいる。
なんだここは、サルの楽園だったのか。
日本とは思えないワイルドな光景だった。でも、だんだん慣れてきて、それほど怖くなくなっていった。
冬だったが、気候によっては、歩き続けていると汗ばんだ。いい天気だった。山の斜面の、木々の向こうには、海がずっと見えている。汗ばむ季節にサルと海。三が日の日本だというのに、私は南国に迷い込んだ気分になっていた。