かにみそなまこをつまむ。

40代男子の日常、昔の思い出などについて、現在休載中

歩き遍路の思い出⑬ お腹が痛い

 海岸沿いの大通りをひたすら歩き続けていた。おおみそかに参拝した薬王寺から、次の24番の寺、最御崎寺まで、かなり長かった。最御崎寺室戸岬にある。丸2日歩き続けても、着かない。町中に寺が集中してるときは、1日で5~6カ寺まわれることもあったのに。

 でも、海沿いの道は気持ちがよかった。

 一昨日、カヤックで海に出た余韻がまだ残っていたのか、私はまだ冒険野郎のような心持ちのままだった。しばらくお寺に参拝していなかったからかもしれない、お遍路という感覚が薄れていた。

 視界には常に太平洋が横たわっていて、ビュービュー海風が吹き続けてる。ほとんど人とも出会わない。お接待を受けることもない。

 当時の私の服装は、トレーナーに薄手のダウンジャケット、その上からお遍路コスチュームである白装束を羽織っていた。冬だったが、歩き続けていると汗ばんできて、ダウンジャケットを脱ぐこともあった。かといって、朝はもちろん寒い。昼でも立ち止まってしばらくしていたら、風も強く、すぐ寒くなってくる。脱いだり、着たりを繰り返していたら、ダウンジャケットの上から白装束をいちいち着るのが、めんどくさくなって、この頃から白装束をすっかり羽織らなくなってしまった。

 堤防を降りるとすぐ砂浜だった。夕方、砂浜にテントを建てた。堤防が壁になって人目につかないし、いい場所だと思ってたが、風がすごくて、テントをなかなか建てられない。途中、何度もテントが飛ばされそうになった。立ち上がったテントの中に、バックパックを入れて重しにしたら、ようやくしずまった。

 次の日、砂浜で朝ごはんを食べた。あいにく曇っていて朝日は拝めなかったが、海を眺めながらごはんを食べるのは、気持ちいい。食パンに、お惣菜の肉団子を挟んで食べた。肉団子は、薬王寺近辺のスーパーで買って食べたあと、半分残しておいたやつだ。年をまたいでいるから、去年の肉団子の残りとも言える。

 これがよくなかった。

 歩いている途中、猛烈にお腹が痛くなってきた。

 山の中だったら、道をそれて茂みに隠れ、穴を掘るだけである。冬と言えども常緑樹の葉はある。何の問題もない。

 もちろん、砂浜に下りて、穴を掘ることはできる。が、ところどころに釣り人がいる。視界が開けているから、いくら離れていようが、目が合うこともあろう。排泄しながら、微笑み返す自信はない。

 涙目になりながら、歩き続けた。

 堤防沿いに建設現場のような場所が見えてきた。ひょっとすると、と思って目を凝らすと、あった。

 仮設トイレだ。

 普段はむしろ、トイレとして認識しないような仮設トイレ。なのに、その存在をはっきりと認めることができる。「アイアムトイレ、ウェルカム、カモン」微笑んでいるようにさえ見えた。こどものころ、迷子になって、お母さんを見つけたときのような、そんな安心感に包まれる。

 安心感とともに、深刻な腹痛をかみしめながら、私は仮設トイレというゴールをにらみ続けた。一刻も早くあそこへ。

 たどり着き、荷物を置くと、飛び込んだ。

 中は臭くて、汚かった。もちろん何の問題もない。むしろ頼もしい。この臭さと汚さに私は救われたのだ。ありがとう。感謝しながら、出した。

 出し終えたあと、紙がないことに気づいた。もちろん何の問題もなかった。

 外に出ると、世界が輝いて見えた。

 すがすがしい気持ちだった。

 

 

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