かにみそなまこをつまむ。

40代男子の日常、昔の思い出などについて、現在休載中

歩き遍路の思い出⑮ おいしい水を求めて2

 その日も私は、山の麓あたりの川の水を、飲んでいた。カワセミも見かけたし、美しい川だったから、いけると思った。

 石をつたって、川の中ほどに行き、しゃがんで、川の水を両手ですくった。のどが渇いていたので、何度も何度も飲んだ。ガブガブ飲んだ。ああ、うまい。やっぱり水は天然水に限る。

 ら、道の方から声がした。顔を向けると、作業服を着た男の人が、私に向かって何か言っている。飲むのをやめて、立ち上がった。

「どうしたんですか。」

「そこの水はやめとけ、腹こわすぞ。」

 どうやら、すぐ上に村があるらしかった。

 が、私はかなり愛想のない返事をした。「ああ、そうですか、はいはい。」的な。そこまで口は悪くなかったと思うが、内心で腹が立っていたのだ。

 

 ・・・当時の日記にはこんな感じのことが書かれている。「飲んでいる人間に声をかけるのはどうかと思う。知らぬが仏という言葉を知らないのだろうか。放っておいてほしい。」

 

 案の定、その日の夕方、町中を歩いているとき、強烈な腹痛に襲われた。肉団子にあたったときの比ではないくらいの、それはもうすさまじい腹痛。尋常ではない痛さで、今すぐにでも肛門から噴き出しそうだった。肛門筋を引きしめても、それ以上の圧で押し返してくる。

 なりふり構わず、私は近くの民家の扉をノックした。すいません、トイレを貸していただけませんか。すいません。すいません、トイレを。トイレを。

 民家から、大工のような恰好をしたおじさんが出てきた。「トイレを貸してください。」涙目になりながらお腹を押さえてる私を見て、全てを察したのだろう、おじさんは半笑いだった。「いいよ、裏にあるから使いな。」

 ぼっとん便所の前で、パンツを下ろすと同時に、肛門から滝のような便が噴射した。あと一秒遅かったら・・・。ぞっとした。ぞっとしながら、ほっとしていた。

 紙はなかった。どうもこの旅の間の私は、紙にめぐまれていなかった気がする。そういう星のめぐりにあったのかもしれない。

 しかし、それだけの理由で家主を呼ぶのがはばかられた。紙でぬぐえるくらいの汚れなど問題ではない。そのままパンツを履いて、トイレを出た。

 それにしても、水は怖い。

 あんなにきれいな、透き通った川だったのに、見た目では分からないものなのだ。・・・と、まあ、今なら思う。

 

 でも、実は元の、当時の日記に「水は怖い」などという感想はない。何度も読み返したが、全く見当たらない。今考えれば、汚い川の水を飲んだから、お腹が痛くなったのだと分かる。が、当時の日記には、このような感じで、書かれているのだ。

 「〇〇を歩いている途中、お腹が痛くなった。なぜだろう。大工のおじさんの家のトイレを借りた。」

 なぜだろう・・・?

 もちろん、日記の、この前の部分には、川の水を飲んでいて、男の人に注意されたことが書かれてある。

 17年前の私。

 こいつはバカじゃないだろうか、と思った。