歩き遍路の思い出⑪ 海を渡る1
おおみそかの夜、廃バスの中で私は幸せなひとときを過ごしていた。
お接待の料理をたらふく食べつくしたあと、森さんといっしょにコタツに入って、小さなテレビで紅白歌合戦の続きを見ていた。
満腹だったし、だんだん眠たくなってくる。もうそろそろ寝袋敷こうかな、などと考えていたら、突如、バスの乗車口が開けられた。
ニット帽をかぶり、ダウンジャケットを着た兄ちゃんが入って来た。バス内に私たちがいるのを確認して、言う。「お遍路さんたち、明日、遊びに連れてったるわー。海に行こー。」
訳が分からない。が、怪しい感じはしなかった。30歳くらいだろうか、冬なのに顔が焼けていた。非常にさわやかな感じがする。
杉田(仮名)と名乗ったその兄ちゃんは、この近くで自然体験ツアーのガイドをやってるらしい。たまにこうしてお遍路さんを誘っては、お接待と称して、いろんな遊びに連れ出しているようだった。
「カヤック乗ったことある?楽しいよー。カヤック乗せたるでー。」
さっきまで、地図で明日歩くルートを確認していた。なかなか急展開な話についていけない。
「はあ。カヤックですか・・・。」しどろもどろ応えていたが、杉田さんは、「初心者でもすぐ乗れるようになるから大丈夫。」などと押してくる。森さんは目を合わせず、みかんを食べてごまかしていた。
カヤックというのはどうやら、一人乗りのボートのようなものらしい。ずっと笑顔の説明を聞いてたら、ちょっとおもしろそうだなと思えてきた。
「ほんとにいいんですか。」
「もちろん。お接待だから。」
「じゃあ、やってみたいです。」
返事をすると、
「よし。じゃあ、明日迎えに来るわ。」
「はい。」
「あ、でも、自分ちょっと臭いなあ。アパートの風呂貸したるから、今から行こー。」さわやかに言われた。そんなに臭かったのか・・・まあ、ずっと風呂入ってないしな・・・若干ショックを受けたが、よっしゃ風呂に入れる、ラッキーという喜びが勝った。
その後、杉田さんの車でアパートまで送ってもらい、お風呂を借りた。お風呂から出たあと、バスまで再び送ってもらう。
森さんも誘われていたが、森さんは「年だから。」と断っていた。すると、杉田さんは、「じゃあ、ロッジに泊めてあげる。」と言った。明日遊びに行く海の近くに、杉田さんの経営するツアー会社の管理しているロッジがあるらしい。泊まらしてもらえると聞いて、森さんは急に愛想よくなった。「ありがたいわー。テントは老人に堪えんねん。」
明日の朝早くに迎えに行くから、と言い残し、杉田さんは去って行った。
杉田さんが去って、バスの中は、また森さんと私だけになった。小さなテレビの中の紅白歌合戦は、もう終わりかけていた。いろんなことがあったおおみそかの夜だった。
二人とも、さすがに寝る準備をはじめた。
寝袋を敷きながら、森さんは「あんた、ラッキーやなあ。よかったなあ。」と私に向かってしきりに言っていた。なんか違和感を覚えたので、「ラッキーだと思うなら、森さんもくればいいじゃないですか。」と言ってみたら、「年だから。」と、さっき杉田さんに言ったのと同じセリフを言ってから、黙りこんだ。
ちょっと意地悪だったかもしれない。