かにみそなまこをつまむ。

40代男子の日常、昔の思い出などについて、現在休載中

フリーマーケット

 70代の母がフリーマーケットで店を出すというので、日曜日、家族みんなで見に行った。娘2人に「どこ行くの?」と訊かれたから「お祭りみたいなとこ」と返事すると、2人とも浴衣に着替え始めた。先日長女の誕生日プレゼントに買ったのだ。着るタイミングを待っていたらしい。

 車に乗って10分くらいの場所だった。

 が、着くと長女が車から降りてこない。「どうしたの?」と尋ねると「浴衣が嫌だから帰りたい」と言う。妻と顔を見合わせた。

 なんとなく理由が分からなくもない。思ったより規模の小さいフリーマーケットだったのだ。浴衣だと浮くと思ったのだろう。いっぽうで、小1の次女の方は「早く行こうよ」と言って、涼しい顔をしてた。薄いピンク色の浴衣の袖をひらひらとふるわせている。

 長女はもう小学3年生なのだ。自分を意識しはじめる年なんだなあ、と冷静に思いつつも、どんどん成長して自分の意のままに操れなくなっていくことに対する寂しさに襲われる。

 ・・・別にいいじゃないか、そんなことくらい。子どもなんだから、もっと無邪気に楽しんだらいいじゃないか。誰も変だと思わないからさ・・・

 そんなセリフを吐きそうになる。

 ・・・そもそも車で10分だ。戻って、着替えてから、また来るのに30分はかかる。こんなことくらいで、30分も時間をつぶしたくない・・・

 本当は「こんなことくらい」じゃないのに。

 逡巡してた。

 ら、妻があっさりと「じゃ、帰ろう」と言った。「パパと次女ちゃんは、しばらく2人でぶらぶらしといてね」と言い残し、さっと運転席に乗り込む。長女を乗せた車が一瞬にして去っていった。

 あまりにも早い決断だったので、しばらくどうなったのか、頭がついていけなかった。車が去ったあとも、うーん、どうしたらいいだろうか、などと考えていて、はっとして、その思考の愚かさに気づいた。どうするかはもう終わっていた。

 30分ほどして、妻と着替えた長女が戻ってきた。長女はもう何事もなかったかのように、晴れやかな顔をしていて、おばあちゃんの店探してくる、と走っていった。

 妻がゆっくり歩いてきて、車のキーを、私に手渡した。

「ありがとう。」としか言えなかった。

 あらためて妻のすごさを感じた。

 次女の成長にあまり戸惑うことはない。長女の成長をなぞっていくので、ある程度予測できる。でも、長女の成長は、はじめての経験ばかりだ。ただしそれは、私だけでなく、妻だって同じである。なのに、なぜ、あんなにも未知の状況にすばやく行動できるのか。妻は全くためらっていなかった。

 妻がいなければ、余計な私の一言で、長女と不毛な言い争いが繰り広げられていたかもしれない。その結果、長い間すごく不幸せな時間が流れていたかもしれない。

 その後、私たち家族はすごく幸せな時間を過ごした。母の店を訪れると、母は娘たちに手作りのパンを買ってくれた。みんなで食べたあと、いろんな店をまわった。娘たちは、髪飾りやキーホルダーをねだった。快く買ってやった。

 小さいけど、素敵なフリーマーケットだった。時折吹く風が万緑の匂いを運んできた。右手で長女の手を、左手で次女の手をそれぞれ握りしめて歩く。妻からもらった幸せな時間をかみしめながら、何度もありがとうと心の中でつぶやいていた。

 

今しかない大切な時間を残そう!