歩き遍路の思い出⑭ カツオのたたき定食
海岸沿いをひたすら歩き続けて3日目、ようやく室戸岬にある寺に着いた。お札を納めたり、お経を読んだりしていると「そうだ、私はお遍路だったのだ」と思い出した。ここしばらくは冒険野郎の気分だった。
この日は24番から26番まで回ることができた。
26番目の寺を参ったあと、足がまた痛くなってきた。今度はほったらかしにせず、すぐに靴下を脱いで、足の裏を見た。巨大なマメはもう治っていたが、あらたに小指付近にマメができていた。針を刺して、中の水を抜いておいた。
時計を見ると、16:00。日没までまだある。もう少し歩けそうだったが、無理をせず、テントを張る場所を探しはじめた。
昨日も一昨日も砂浜でテントを張った。でも、この辺の砂浜は、砂とは言えないような、かなり大きめの石が敷かれていた。寝袋の下にマットレスを敷くとはいえ、ここでは寝れない。石の上は背中が痛い。
しばらくさまよっていた。他にいい場所はないものか。だんだんお腹も減ってくる。と、視線の先に道の駅を発見した。
とりあえず、食料を調達して、食べてから考えよう。大通り沿いにある道の駅。広めの駐車場に全然車は停まっていなかった。
中に入ったら、併設されてるレストランがあった。ショーウィンドウに飾られている、ロウで作られた色鮮やかなアートと、ばっちり目が合った。
きつねうどん、山菜そば、とんかつ定食・・・ナニコレ?
レストランで食事なんて、まったく考えていなかった。しかし、実際に入って食べているところを想像してみると、すごく素敵だという気がしてくる。なぜこの可能性を考えなかったのか。
いやいや、旅はまだ始まったばかり。こんなところで散財してたら、もたないぞ。そもそも私は遍路なのだ。修行中にぜいたくすべきではない。
いやいやいや、もう徳島は越えたのだ。4分の1は進んだ。それに、潮風に吹かれる私はお遍路ではなく、ただの冒険野郎なのだ。
私の中で、天使と悪魔が一瞬だけ、戦った。
あっさり悪魔が勝った。
堂々と入店し、テーブル席を一人占めした。閉店間際で、客は私だけだった。1600円もするカツオのたたき定食を頼んだ。やっぱ、高知はカツオじゃき。
運ばれてくる前から、わりばしを割って持ち、ワクワクしながら待った。待ってる間、水を飲んだら、これがむちゃくちゃおいしかった。ずっと、公園とかの水道水をペットボトルに入れて、飲んでいたのだ。食べる前から、何杯も水をおかわりした。
いよいよ、カツオのたたき定食が運ばれてきた。大きなトレイに、殿様のような食事が載っている。たくさん料理がありすぎて、何から食べていいか分からない。とりあえず、カツオのたたきに箸をつける。そう、私はこいつを注文したのだ。
持ち上げると、一切れがものすごくでかい。大きいし分厚い。こんなにでかい一切れを見たことがない。さすが高知ぜよ、と小説仕込みの土佐弁を心の中でつぶやきつつ、口に放りこんだ。一切れで口の中がいっぱいになるほどでかかったし、すんごくうまかった。脂がのりまくっていた。口の中をカツオの脂がめぐり、自然と白飯を誘った。すでにいっぱいになっている口の中に、白飯をつまんで放り込む。脂と白飯が混ざり合う。もうお箸はとまらない。
何もかもを忘れて、ひたすら頬張り続けた。もはや私はお遍路でも、冒険野郎でさえもない。そう、ただのグルメ野郎――。
食べ終わったあと、しばらく放心していた。何も考えられなかった。おいしすぎた。良質な映画を見終わったあと、あらすじを思い出して余韻に浸るように、一つ一つのお碗の味を思い出しては余韻に浸っていた。何度思い返してもうまかった。ああ、うまかった、うまかった、と。
窓の外はすでに暗くなっていた。相変わらず、駐車場には一台も車がない。そのとき、ふと思いついた。そうだ、この駐車場にテントを建てよう。
レストランを出て、すぐに建てようと思ったが、店の人に止められたら嫌だなと思った。かといって、店の人が帰るまで待つのもめんどくさい。
お金を払うとき、思い切って、テントを建ててもいいか、きいてみた。ら、あっさりオッケーしてくれた。ありがたかった。