歩き遍路の思い出⑩ おおみそかの夜
歩きはじめて七日経ったころ。
八十八の寺のうち、もう二十三番目の寺まで回っていた。海の近くを歩くことが増えてきて、もうすぐ高知県に入りそうだった。
この日参拝した二十三番目のお寺、薬王寺は人であふれかえっていた。えらく人気のある寺だなあ、と思っていたが、それもそのはず、おおみそかだった。歩き続けるだけの毎日だったから、日付の感覚が薄れていた。
以前、逆打ちをしていた青年からもらった善根宿の一覧に、薬王寺の近くに善根宿があると書かれてあった。夕方になって、泊まらせてもらおうと、行ってみた。ら、書かれている場所に建物などなく、空き地にボロボロのバスが一台止まっているだけだった。あれ、と思って、キョロキョロしてたら、バスの乗車口の横に「善人宿」という木札が掛かっていることに気づいた。なるほど、ここだったのか。
乗車口からおそるおそる入ってみると、中が広くてびっくりした。座席が全て取り外されていて、きちんと人が寝れる空間になっている。床には絨毯がひかれていて、驚いたことに、コタツまであった。さらにコタツに入って、ミカンを食べている森さんまでいた。
また、会った。
また、ミカンを食べている。
森さんが私に気づいた。
「すごいで、あんた!ここ、電気も通ってる。」
「へえ、そのコタツ、点いてるんですか。」
「あったかいわー。」
コタツは、ただの飾りだと思ってた。
「テレビも見れるで、ほら。」
森さんが指さした先に、小さなテレビがあって、たしかに映っている。紅白歌合戦がはじまったところだった。
荷物を置いて、私もコタツに入った。
しばらくして、温泉に入ってくると言って、森さんが立ち上がった。近くにあるらしい。風呂道具を持って、バスを出ていった。
海の近くだからか、外はビュービュー風が吹いていて、廃バスの窓ガラスがカタカタと揺れている。突風で時折、バスが揺れた。こんな中テント張ったらたいへんだろうなと思っていた。コタツは温かかった。
つやつやした顔で、風呂から戻ってきた森さんが、興奮していた。
「さっき聞いてんけど、夜になったら近くの定食屋さんが、お接待で余ったおかずを持ってきてくれるらしい。ウソかホンマか分からんけど。」
「ふうん。ホントかなあ。そんなうまい話がありますかねえー。」
お金のことを気にして、インスタントラーメンばかり食べていた。そんな風に言ってみたが、ひそかに期待している私がいた。その後、森さんと二人でテレビを見ているときも、なんとなく乗車口の方が気になっていた。
しばらくして、本当に食事が運ばれてきた。
乗車口がノックされて、定食屋のおかみさんらしき人が、お盆を手に入ってきた。お盆の上には、ものすごい量のおかずやごはんが載っている。
「店で失敗したやつやから、焦げたりしてるけど、ごめんねー。ふふふ。」
お接待とは一体何なのだろう。
どうして見ず知らずの私たちのために、宿を用意してくれ、ご飯を運んでくれるのか。
分からない。
分からないし、もうお盆の上の唐揚げのこと以外、何も考えられない。
黙々と食べ続けた。森さんは「揚げ物が多くて、胃がしんどいわー。」などと贅沢なこと言っていた。私は、森さんの発言を無視して食べ続けた。揚げ物は、形が変だったり、焦げていたりしたので、本当にあまりものなんだなと思った。でも関係なかった。ひたすら食べ続けた。尋常じゃない量だったが、絶対に残すものかと、一心不乱に食べ続けた。
完食すると、お腹がパンパンになった。苦しかったが、幸せだった。お腹をさすりながら、いい大みそかになったなーと思っていた。