かにみそなまこをつまむ。

40代男子の日常、昔の思い出などについて、現在休載中

歩き遍路の思い出⑰ 心霊体験3

 善根宿で心霊体験をした次の日のこと。

 その日は山道を歩くことが多かった。夕方も、山の中を歩いていて、町には着けそうになかった。地図を見ると、近くに通夜堂があったので、使わせてもらおうと思った。山の中の夜はめちゃくちゃ寒い。テントで寝るのと、建物の中で寝るのとでは全然ちがうのだ。

 地図中の場所にたどりつき、お堂の中に入ると、車庫のようになっていた。下はコンクリートで、ガランとしてる。車が二台くらい止められそうな広さだった。お堂というだけあって、お地蔵様が祀られていたが、よく見ると、顔に焼けただれたようなあざがあった。

 なんとなく嫌な感じがした。

 ガレージのようなお堂の中で、夜ごはんを食べた。寒かったので、インスタントラーメンを作った。食べ終わったあと、ガレージの中にテントを張った。嫌な感じがした、というのも理由だが、それ以上に寒かった。そのままガレージにマットレスを敷いて、寝袋で寝るより、テントを張って、その中で寝る方が暖かい。

 疲れ切っていたので、その日はすぐに眠れた。

 でも、夜中、テントの外で気配がして、うっすら目が覚めた。ず、ず、ずとひきずるような音が聞こえていた。布がこすれるような、かすかな音。じっと耳をすませると、気配は、私の寝ているテントの回りをまわっている。ときおり、ぺた、ぺた、と手をつくような音もする。獣の気配ではなかった。そもそも入り口は扉があって、入ってこられない。小柄で、やせている、そんな人間の気配。

 直感的に昨夜のばあさんだと思った。着いてきたのだ。

 ・・・私を探している。

 昨夜ぺたぺた触られた、気持ち悪い、嫌な感覚を思い出して、テントの中に入ってくるな、と念じまくった。お寺で読むお経を、はじめから終わりまで念じ続けた。終わりまで唱えるとはじめからもう一度。色即是空。実体などなく、真実など分からない。私の耳が聞いている何かを、心がそういうふうに捉えているにすぎない。

 どれくらい時間が経ったか分からない、5分くらいかもしれないし、数時間くらいかもしれない。すごく長い時間お経を唱えていたような気がした。

 いつの間にか眠っていた。

 次の日の朝、テントをたたみ、ガレージの中で朝ごはんを食べているとき、ふと気がついた。目の前の焼けただれたようなお地蔵様。昨夜は嫌な感じがしたが、よく見ると、優しい顔をしている。あざのような模様は、ひょっとして、悪いものを取り込んだ末にできたものなんじゃないだろうか、そんなふうに思えてきた。(つづく)