かにみそなまこをつまむ。

40代男子の日常、昔の思い出などについて、現在休載中

歩き遍路の思い出⑰ 心霊体験2

 とある善根宿に泊まっていたときのこと。具体的な場所は言えないが、高知県の後半あたりの宿。

 宿に入った瞬間、違和感を覚えた。何がどう変なのか、はっきりと分からないが、ちょっとした言動で全てが崩れてしまいそうな怖さが空間に満ちていた。

 荷物をおいて、ひと息ついているときも、夜ごはんの準備をしているときも、食べているときも、どうも落ち着かない。六畳ほどの空間に、私一人だけなのに、他に何かがいるような気配がした。

 人の気配。歩くのがつらそうな、高齢のおばあさんのような気配。なぜそのように感じたのか、うまく言葉にできない。でも、じっとしてると、その気配が、ああ、今、外に行ったとか、また入ってきた、とか感じてしまう。

 で、はっと我に返る。

 いや、ここには誰もいない。私が一人いるだけだ、と。

 しばらく経つと、気配がなくなったわけではないのだが、気配が止まった。それからは、じっとこちらの様子を見られている気がしていた。

 緊張感で息苦しかった。私は寝袋を敷いて、さっさと寝ることにした。が、緊張は、夜寝ているとき、ピークに達した。 

 なかなか寝付けなかった。ただ目を閉じているだけの状態。いくら時間がたっても眠気が訪れてくれない。かなり経って、ようやく意識が薄れはじめたそのとき、とつぜん息が苦しくなって、胸の上に何かがのっかった。

 まずい、と思ったが、怖くて、目を開けたくない。とにかくじっとしておこうと耐えていたら、ふと胸の上が楽になった。

 ああ、よかった、行ったのか、と思った瞬間、ぱんと胸のあたりをはたかれた。続けて、ぱんぱん、手で胸のあたりを何度もはたかれる。はたく、と言ってもそれほど強い力ではなく、さわるに近い。手の感触は、胸のあたりから、しだいに顔のほうへと移動していき、ぺたぺたと、なではじめた。ぱさぱさした、しわくちゃの手の感触だった。

 私の存在を確かめている、と思った。

 目が見えないのだ。触り方から、なんとなく、そんなふうに思った。

 気持ち悪くて、いつになったら行くのか、はやくどこかに行ってくれと願っていた。格闘するような緊張感の中、やがて気絶するように私の意識は途切れた。

 

 朝、明るさの中で、昨夜のあれはなんだったんだろう、と考えた。怖さはもう、なくなっていた。部屋の違和感も消えている。やはり、私はここにずっと一人でいたのだと思える。誰もいるはずがなかった。

 ものすごく疲れていて立ち上がると、ふらふらした。寝たはずなのに、ずっと起きていたように、しんどかった。(つづく)