かにみそなまこをつまむ。

40代男子の日常、昔の思い出などについて、現在休載中

痩せてきた

 痩せてきた。

 信じられない。

 この7年ほど、痩せようとして、いろいろ試行錯誤をしながら、がんばってきた。でも痩せなかった。

 仕事から帰ってきて、毎晩筋トレに励んだ。2年ほどジムにも通った。ここ最近は、朝起きてすぐ筋トレをするようにしていた。プロテインも飲んだ。でも痩せなかった。

 食事制限をしたこともある。ダイエットアプリをダウンロードし、毎日の食事記録をつけた。炭水化物の量を減らした。一週間ほど夜ごはんを食べなかったこともある。でも痩せなかった。

 もちろん筋肉はついた。が、脂肪は落ちてくれない。それでもいつか痩せることを夢見て、毎日筋トレし続けた。でも痩せなかった。

 それが、痩せてきた。

 原因ははっきりしている。「リングフィットアドベンチャー」というスイッチのゲームのせいだ。

 娘にゲームを買うついでに買ったフィットネスゲーム。1回やってみると、すごく面白かった。毎晩、風呂に入る前に、やるようになった。やる時間がどんどん増えていって、そのうち朝の筋トレをやらなくなった。

 がんばって運動している感じはなかった。ただドラクエをやっているような感覚だった。走ることでキャラクターを動かし、筋トレすることで敵を倒す。痩せたいと思ってやっていたわけではなく、ただ、このステージをクリアしたい、この敵を倒したいという衝動だけで、毎晩気づけば汗びっしょりになっていた。こんなに体を動かすのが楽しいと思ったことはない。毎晩ゲームをするので、自然とお酒も飲まなくなった。ドラクエかお酒か。私はドラクエを選んだ。

 ゲームをはじめてから、今日で一か月くらい経つ。鏡の中の私は完全に痩せている。目に見えて痩せている。あんなに痩せたいと思って毎日がんばって筋トレしていたときは全然痩せなかったのに、毎日の筋トレが嫌だなあと思いつつがんばっても全然痩せなかったのに。

 鏡を見ると嬉しい反面、虚無にも包まれる。

 なんなんだろうか。

 人生何が答えになるか分からないとか、そういうことなのだろうか。1+1=2の世界ではないんだぞとか。写真家の星野道夫さんのエッセイ「イニュニック」にあった言葉「人生とは何かを計画しているときに起きる別の出来事」とか、そういう啓示なのか。

 それとも、先入観を捨てて新しいことに挑戦すれば道が拓けるぞとか、そういうことなのだろうか。何でもかんでも、これはこう、と決めつけないで、一度やってみようよとか。「論語」の中で孔子が弟子に言い放った言葉「今、汝は画れり(なんじはかぎれり)」とか、そういう啓示なのか。

 いや、そんなことどうでもいい。どんな啓示を読み取ろうが、いずれにせよ、鏡の中の私は痩せているのだ。実存は本質に先立つ。痩せている私は痩せている私以外の何者でもない。――ジャン=ポール・カニミソナマコ