かにみそなまこをつまむ。

40代男子の日常、昔の思い出などについて、現在休載中

歩き遍路の思い出⑤ お経を読む

 お遍路グッズを買って、歩き始めた。1日目は、ほとんど平坦な町中の道を歩いていたような気がする。歩き始めたばかりだったので、全然しんどくなかった。1日で、5番目か6番目のお寺まで、回れたんじゃなかっただろうか。

 各寺に着くと、参拝する。実のところ、1番目の寺でお遍路グッズを買うまで、知らなかったことである。が、ロウソクや線香、お経の本を買ったあとは、当然するもんでしょという感じで、参拝ルーティンをこなしていた。参拝には一巡の流れがある。本に書いてあったことを、とりあえずやっていた。

 一礼して山門をくぐり、手水場で手を洗う。お堂に行って、自分の名前と住所を書いたお札を、お札入れに入れる。最後、ロウソクと線香に火をつけて、みゃーみゃーお経を読む。

 お経を読むのが楽しかった。意味は全然分からないが、声を出すと気持ちがよかった。なんか、本格的で、修行をしてるなーって感じがするのもよかった。遍路用のお経は、けっこう長い。南無阿弥陀仏では終わらない。全部読むのに、5分以上かかる。般若心経が中心にあるのだが、他に真言という、漢文ではない、サンスクリット語由来のお経がある。この真言がかっこよかった。漢文ではないから、全く意味が分からない。でも、そこが魅力的。

 そのお寺に祀ってある仏像の種類によって、読む真言を変えなければいけないのもおもしろかった。たとえば、本尊が薬師如来という種類の仏像なら、「おん、ころころ、せんだり、まとうぎ、そわか」と唱えるし、阿弥陀如来なら、「おん、あみりた、ていせい、から、うん」と唱える。何のこっちゃ、という感じなのだが、こういうことを毎日繰り返していると、いつの間にか覚えていて「ああ、このお寺の本尊はお地蔵様か、じゃあ、今回の真言はおんかかかびさんまえいそわか、だな」といった風になってくるのが、ベテランっぽい感じがして、うれしかった。

 好きな真言は、虚空蔵菩薩不動明王だった。どっちも長いから。とくに不動明王は長くて、唱えごたえがあった。「のうまくさんまんだーばさらだん、せんだまかろしやだそわたや、うん、たらたかんまん」修行してるーって感じになれる。