かにみそなまこをつまむ。

40代男子の日常、昔の思い出などについて、現在休載中

歩き遍路の思い出⑯ 忘れられない思い出2

 山本さんはいろいろ自分の話をしてくれた。

 今考えると、1人暮らしで話相手に飢えていたのかもしれない。もちろん当時の私はそんな風には考えていなかった。普通に、面白いなと思って、ふんふんと話を聞いていた。

 子どものころから喧嘩が強かったらしく、どんな相手にも負けなかったという。村のガキ大将だったらしい。あまりよろしくない話もあるので、全ては語れないが、わくわくする話をいっぱいしてくれた。

 次の日の朝も、いっぱい朝ごはんを用意してくれた。ごはん、卵焼き、おでん、かまぼこ、たくあん。食べ終わったあと、コーヒーまで入れてくれた。

 食後、2人でコーヒーをすすりながら、六畳間のテレビをぼんやりと見てた。テレビでは、都会のどこかで覚醒剤中毒の男が人をめった刺しにしたというニュースが流れていた。

 山本さんが急に真面目な顔になって言った。

「薬は絶対にやったらアカン。」

「はあ。」

 急にどうしたんだろう、過去に何かあったんだろうか。

「どうせやるなら・・・。」

 どうせやるなら?

 ドキドキしながら次の言葉を待った。

「銀行強盗や。」ニヤっと笑った。

「は?」

「おっちゃんな、最近、大阪の仲間から、絶対にうまくいくやり方聞いてん。〇〇して〇〇する、そのあと〇〇するわけよ。そしたら、捕まらへんねん。」

 ドヤ顔で、私を見た。

 思わず吹き出してしまった。

 ひとしきり笑ったあと、「しまった。笑うのは、まずかった。」と冷静になった。本気なのだから、止めなければ。山本さんのような素敵な人に、不幸になってもらっては困る。

「いや、そんなん、無理ですよ。結局、刑務所入ることになりますよ。」

 と、突っ込んだら、さらに衝撃の言葉が返ってきた。

「そやなあ、あそこの飯まずいからなあ・・・。もう、嫌やなあ。」

 入ってたんか。

 話を聞くと、以前、地元のや〇ざと喧嘩して、ボコボコにしたのだという。かなりよろしくない話ばかりなので、全てを語ることはできないが、なかなか刺激的で面白い話だった。や〇ざも、ガキ大将には敵わない。

 

 外が明るくなってきたので、そろそろ出発すると言うと、昨日寝るときに貸してくれた毛布をくれた。どんどん夜が寒くなってきて、寝袋だけでは耐えられなくなっていたころだった。本当にありがたかった。何度もお礼を言った。

 寒いからいいと断ったが、散歩のついでだと言って途中まで見送ってくれた。曇天つづきの毎日だったが、その日は晴れ間から日が差していた。朝日がまぶしかった。

「じゃあな、ボク。」

「ありがとうございました。」

「元気でな。」

「山本さんも、銀行強盗はだめですよ。」

「ははは。ホンマやなあ。」

 山本さんと別れて、次のお寺を目指しはじめた。

 歩き出して、しばらくすると、胸の奥から、嬉しさのような、悲しみのような、得体の知れない、熱い感情がこみ上げてきた。当時の私にとって、覚えのない感情だった。訳が分からなかった。なぜ。 

 なぜ、見知らぬ私を泊めてくれたんだろう。なぜ、あんなにもいっぱい話をしてくれたんだろう。なぜ、ボロ屋に住んでいて、銀行強盗を考えるくらい、貧乏なのに、あんなにもたくさんごはんを食べさせてくれたんだろう。なぜ、毛布までくれたんだろう。私に何の価値があるというのだろう。

 考えているうちに、涙がこぼれ出した。

 一度涙がこぼれると、次から次へとあふれてきて止まらなくなった。ナニコレ。なんだこれ。訳の分からない涙でぐちゃぐちゃになった顔を何度もぬぐいながら、歩き続けた。