かにみそなまこをつまむ。

40代男子の日常、昔の思い出などについて、現在休載中

歩き遍路の思い出⑯ 忘れられない思い出1

 前回の記事に書いたが、この「歩き遍路の思い出」は当時書いていた日記を元に書いている。18年前のことだから、すっかり忘れていて、日記を読んでようやく、あ、そういえばそうだったっけ、などと思い出すことが、たくさんある。

 でも、読み返すまでもなく、今でも鮮やかに覚えている、そんな思い出もいくつかある。今回はそんな思い出の一つを書きたい。

 

 その日は山間部を中心に歩いていた。寺から寺までが長く、2カ寺参拝しただけで、その日は暮れていきそうだった。夕方、海沿いの道に下りてきて、そろそろ今日の寝る場所を探さないと、と考えながら歩いていた。

 港がある村だった。キョロキョロと辺りを見回すが、目ぼしい場所が見つからない。小さな砂浜を見かけたが、小さすぎた。潮が満ちてきたら浸かってしまいそうだ。公園もない。人気のない村だったが、道端にテントを張るのは、ためらわれる。

 村をつきぬけて、山の方まで歩いてみようかと考えていたら、前から50がらみの男の人が歩いてきた。背が高くて恰幅がいい。角刈りで、真冬だというのに日に焼けていた。

「ボク、こんなところで何してんの?」

「はあ、寝るところ探してます。」

「ああ、お遍路さんか。」

 男の人は山本(仮名)と名乗った。

 山本さんは、ここらが地元らしかった。普段は大阪の方に出稼ぎに行っているが、最近仕事がなくなったので、戻ってきているのだという。港の方を指さして、たまに漁にも出てると言ってた。

 いろいろ聞かれた。

「ボク、何歳や?」「家、どこや?」とか。

 お遍路する前は何してた、まで聞かれて「大学に通ってました。」と言うと、大学の名前まで聞いてきた。別に隠すこともないので、正直に言ったら、妙にしんみりとした表情になった。

「そんないい大学出たのに、こんなヒッピーみたいなことしてなあ。いろいろあってんやろなー。」

 当時私は25歳だった。充分、大人だったが、山本さんがでかくて「ボク、ボク」と連呼するので、私はすっかり、大人に心配されている少年のような心持ちになっていた。

 話し込んでいると、すっかり暗くなった。

「おっちゃんち、泊まってけや。」

「え、いいんですか。」

「まあ、ボロ屋やけどな。」

「ありがとうございます。」

 やった。

 山本さんに着いていった。

 山道をのぼって行ったところに、たしかに立派とは言えないような家があった。玄関から中に入ると、いたるところの床板が腐っていて、抜けていた。「気をつけて歩きや」と、唯一床板の抜けていない六畳間に案内された。

 山本さんは、飯を作るといって、台所に行った。「裏の洗濯機使っていい」と言われたので、喜んで借りた。ズボンやパンツも洗いたいと言うと、自分のズボンを貸してくれた。

「パンツも要るか?」

「ノーパンでいいです。」

「そっか。」

 そのときは気を遣って、そう申し出たつもりだったのだが、今考えてみれば、ものすごく迷惑な話だ。私は二回ほど、大便をしたあと尻を紙で拭いていない。

 ぶかぶかの山本さんのズボンを履いて、裏にあった二層式の洗濯機で、いっぱい洗濯させてもらった。物干し竿に脱水したシャツやズボンをぶらさげたあと、六畳間に戻ると、晩御飯が用意されてあった。

 卓袱台に所狭しと料理が並べられていた。ごはん、たくあん、インスタントラーメン、かまぼこ、焼いたさんま、菓子パン、リンゴ。インスタントラーメンはビッグサイズのやつ。ごはんはお茶碗の上に山型に盛られていた。

 すごい量だった。山本さんはでかいので、これでいつもの量らしい。それを同じ分だけ、私にも用意してくれたのだ。絶対に残さず食べよう、と思った。さんまが焼きたてで、すごくおいしかった。全部食べると、お腹がぱんぱんになった。

 食べたあと、トイレに行きたくなったので、場所を聞いたら、「ちょっとコツがいるからウンコするときは注意しいや。」と言われた。「なんのこっちゃ?」と思っていたが、行って分かった。トイレは家の外にあったのだが、薄いトタンのドアを開けると、むき出しの地面にポリバケツが置かれていた。地面を掘った上から、穴の開いたポリバケツを載せているのだ。なるほど、これではウンコをするとき、お尻を載せることができない。たしかにコツが必要だなと思った。幸い、私は小さい方をもよおしていた。

 六畳間で、山本さんといっしょに寝た。ちょうど夜が寒くなってきたころだったから、家の中で眠れることが本当にありがたかった。寝袋があるからいい、と断ったが、毛布を貸してくれた。明かりを消すと、山本さんはすぐに鼾をかきはじめた。私は、寝袋の上から毛布をかけて寝た。非常に温かくて、その日はぐっすり眠ることができた。(つづく)