歩き遍路の思い出⑰ 心霊体験4
前回、前々回の記事で書いた体験以外にも、何回か、心霊体験として話す方が楽な、体験をした。全て高知県の後半あたりを歩いているときの体験だった。
一番不思議だったことがある。
高知から愛媛に入って、少し進んだくらいの場所に、清水大師というお堂がある。山の峠付近にあるお堂なのだが、そこを越えたあたりで、涙がこぼれはじめたのだ。次々と涙があふれてきて、とまらなかった。森の中の道から出て、景色が開けたところだったから、そのときは、景色に感動しているのかな、と思っていた。でも、涙の量が異常で、訳が分からない、なんで泣いているんだろう、と冷静に考えてる自分もいた。
峠を下りきると、気持ちがすごく晴れやかになっていて、足どりもびっくりするくらい軽くなっていた。さらに、それ以降、心霊体験がぴたりとおさまった。まったくそういう体験をしなくなった。
後に、お寺の人から聞いた話がすごく不思議だった。
清水大師を越えたあたりで、歩き遍路さんはみな、泣く、というのだ。訳も分からずに泣き、そのあと憑き物がとれたようになって、旅が楽になるのだ、と。
なんだそりゃ・・・と思って、背筋がぞっとした。
でも、今なら分かる気がする。
私は、私の心を私だけのものだと思っていたのだ。特別な感じ方をする、私だけの心。でも、肉体と同じように、心だって普遍的な感じ方をする。好きな人と別れれば悲しいし、他人から優しくされれば嬉しい。1+1=2の世界で、心が存在している。徳島県の1番の霊山寺から歩きはじめ、同じルートで歩き続けたら、だいたい清水峠あたりで泣くように人間の心はできているのだと思う。
個々の言葉は違うかもしれない。さまざまな悲しみや喜びの中で、人それぞれの、いろいろな言葉が生まれる。その言葉が邪魔をして、見えなくなっていることもあるその奥の、心は、誰もみな、同じように感じているのだ。優しさに対して素直になれないときも、言葉の奥にある心は、静かに感じていたりするのだ。
旅の途中、私の言葉は中空をさまよっていたが、心と体は、道中の景色や、人の優しさ、旅のつらさなどを普遍的に体験していたにちがいない。(おわり)
歩き遍路の思い出⑰ 心霊体験3
善根宿で心霊体験をした次の日のこと。
その日は山道を歩くことが多かった。夕方も、山の中を歩いていて、町には着けそうになかった。地図を見ると、近くに通夜堂があったので、使わせてもらおうと思った。山の中の夜はめちゃくちゃ寒い。テントで寝るのと、建物の中で寝るのとでは全然ちがうのだ。
地図中の場所にたどりつき、お堂の中に入ると、車庫のようになっていた。下はコンクリートで、ガランとしてる。車が二台くらい止められそうな広さだった。お堂というだけあって、お地蔵様が祀られていたが、よく見ると、顔に焼けただれたようなあざがあった。
なんとなく嫌な感じがした。
ガレージのようなお堂の中で、夜ごはんを食べた。寒かったので、インスタントラーメンを作った。食べ終わったあと、ガレージの中にテントを張った。嫌な感じがした、というのも理由だが、それ以上に寒かった。そのままガレージにマットレスを敷いて、寝袋で寝るより、テントを張って、その中で寝る方が暖かい。
疲れ切っていたので、その日はすぐに眠れた。
でも、夜中、テントの外で気配がして、うっすら目が覚めた。ず、ず、ずとひきずるような音が聞こえていた。布がこすれるような、かすかな音。じっと耳をすませると、気配は、私の寝ているテントの回りをまわっている。ときおり、ぺた、ぺた、と手をつくような音もする。獣の気配ではなかった。そもそも入り口は扉があって、入ってこられない。小柄で、やせている、そんな人間の気配。
直感的に昨夜のばあさんだと思った。着いてきたのだ。
・・・私を探している。
昨夜ぺたぺた触られた、気持ち悪い、嫌な感覚を思い出して、テントの中に入ってくるな、と念じまくった。お寺で読むお経を、はじめから終わりまで念じ続けた。終わりまで唱えるとはじめからもう一度。色即是空。実体などなく、真実など分からない。私の耳が聞いている何かを、心がそういうふうに捉えているにすぎない。
どれくらい時間が経ったか分からない、5分くらいかもしれないし、数時間くらいかもしれない。すごく長い時間お経を唱えていたような気がした。
いつの間にか眠っていた。
次の日の朝、テントをたたみ、ガレージの中で朝ごはんを食べているとき、ふと気がついた。目の前の焼けただれたようなお地蔵様。昨夜は嫌な感じがしたが、よく見ると、優しい顔をしている。あざのような模様は、ひょっとして、悪いものを取り込んだ末にできたものなんじゃないだろうか、そんなふうに思えてきた。(つづく)
歩き遍路の思い出⑰ 心霊体験2
とある善根宿に泊まっていたときのこと。具体的な場所は言えないが、高知県の後半あたりの宿。
宿に入った瞬間、違和感を覚えた。何がどう変なのか、はっきりと分からないが、ちょっとした言動で全てが崩れてしまいそうな怖さが空間に満ちていた。
荷物をおいて、ひと息ついているときも、夜ごはんの準備をしているときも、食べているときも、どうも落ち着かない。六畳ほどの空間に、私一人だけなのに、他に何かがいるような気配がした。
人の気配。歩くのがつらそうな、高齢のおばあさんのような気配。なぜそのように感じたのか、うまく言葉にできない。でも、じっとしてると、その気配が、ああ、今、外に行ったとか、また入ってきた、とか感じてしまう。
で、はっと我に返る。
いや、ここには誰もいない。私が一人いるだけだ、と。
しばらく経つと、気配がなくなったわけではないのだが、気配が止まった。それからは、じっとこちらの様子を見られている気がしていた。
緊張感で息苦しかった。私は寝袋を敷いて、さっさと寝ることにした。が、緊張は、夜寝ているとき、ピークに達した。
なかなか寝付けなかった。ただ目を閉じているだけの状態。いくら時間がたっても眠気が訪れてくれない。かなり経って、ようやく意識が薄れはじめたそのとき、とつぜん息が苦しくなって、胸の上に何かがのっかった。
まずい、と思ったが、怖くて、目を開けたくない。とにかくじっとしておこうと耐えていたら、ふと胸の上が楽になった。
ああ、よかった、行ったのか、と思った瞬間、ぱんと胸のあたりをはたかれた。続けて、ぱんぱん、手で胸のあたりを何度もはたかれる。はたく、と言ってもそれほど強い力ではなく、さわるに近い。手の感触は、胸のあたりから、しだいに顔のほうへと移動していき、ぺたぺたと、なではじめた。ぱさぱさした、しわくちゃの手の感触だった。
私の存在を確かめている、と思った。
目が見えないのだ。触り方から、なんとなく、そんなふうに思った。
気持ち悪くて、いつになったら行くのか、はやくどこかに行ってくれと願っていた。格闘するような緊張感の中、やがて気絶するように私の意識は途切れた。
朝、明るさの中で、昨夜のあれはなんだったんだろう、と考えた。怖さはもう、なくなっていた。部屋の違和感も消えている。やはり、私はここにずっと一人でいたのだと思える。誰もいるはずがなかった。
ものすごく疲れていて立ち上がると、ふらふらした。寝たはずなのに、ずっと起きていたように、しんどかった。(つづく)