私の知らない娘
土曜日、昼から家族で近くの公園に出かけた。本当はぶらぶら散歩したかったのだが、娘たちが公園で遊びたがった。
公園に着くと、長女の小学校の同級生たち、4、5人が、すでに集まって遊んでいた。自然とその中に混ざって遊びだす長女と次女。
することもなくなったため、ブランコに腰かけ、ぼーっと娘たちの様子を観察していた。ら、だんだん、同級生の一人の、長女に対する言動に腹が立ってきた。
みな、長女を「ちゃん」付けで呼ぶのに、その男の子だけは、呼びすてにしている。長女に対して、かなりえらそうに接している。どうやら、仲間の中でジャイアン的なポジションにいるらしい。体型もジャイアンだった。一人だけ体が大きくて、ぷくぷくと太っている。
むかむかしてきた私は、ふと、このガキにローキックをかまして、首の骨を折ってやりたい衝動にかられた。
慌てて首を振った。
だめだ、アウトだ、捕まる。
冷静になって、目をつむる。
このクソガキが、お前何様じゃあああ、と詰め寄って、胸ぐらをつかんでみるところを想像する。
いや、これも、アウトだ。近くには、妻とともに談笑している他のお母さんたちがいる。
「お友達にそんな乱暴な言葉遣いをしていいのかな。」そっと近寄り、静かに、たんたんと、こんな風に説教する。ただし目は本気で。
うーん。
これはセーフかもしれないが・・・。
前に一度、似たようなことがあって、妻に、相手の子に注意してもいいか、と相談したことがあった。ら、絶対にやめてくれ、と釘をさされた。
たしかに、子供ら同士の関係は、子供ら同士で築きあげていくものなのかもしれない。親が介入すれば、築けるものも築けなくなってしまうだろうし、子供の築く力も奪われてしまうに違いない。
私は、歯を食いしばり、ぷるぷると全身震わせながら、耐えに耐え、子供たちの様子を見続けることにした。
すると、少し違った光景が見えてきた。
たしかに、そのジャイアン的なデブは、長女にずっとえらそうにしている。が、そのデブに対して、屈することなく、飄々と自分を貫いている娘の姿というものが見えてきたのだ。
鬼ごっこがはじまると、鬼になった長女は、真っ先にデブを追いかけはじめた。「くそ、こいつ足速いねん。」などと言いながら、デブがドスドスと逃げる。長女は、ニコニコ笑いながら、追いかけ続け、はあはあ言っているデブの背中にタッチした。
ふいに、長女が、みなが遊んでいる輪から抜け出した。一人鉄棒の方へ行き、くるくると逆上がりをする。そのうち、遊んでる同級生たちが集まってきた。みんなの前で連続逆上がりをやってみせると、デブは「俺できひんねん・・・」と悔しそうにつぶやいていた。ふふふ、そりゃ、君の体型では無理でしょうとも。
直接言い返したりはしないが、長女は闘っていたのだ、と思った。言葉は発しないが、群れの中で自分を強く持ち続けようと、闘っていたのだ。
家の中での長女の姿が長女の全てだと思っていた。が、それは氷山の一角にすぎなかったのだと気づいた。私の知らなかった、新しい一面を見た気がした。長女は、「私の長女」ではなく、一人の人間として、社会の周辺を、よちよち歩きしはじめていたのだ。
もちろん、ずっと腹は立っていた。相変わらず、デブはえらそうで、暴力的にふるまう。が、まだ、私が出ていくときではない、と悟った。一人で歩き出して、自分の力でどうしようもなくなったとき、私を頼ったらいい、そのときまでは、静かに見守ろうと思った。
だけど、そのときが来たら、私は喜んで立ち上がり、ニコニコ笑いながら、デブを執拗に追いかけまわし、デブが振り返った瞬間、恐怖にゆがんだ顔面に、飛び膝を入れてあげるからね。